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物事と自分との「接近度」が、自分の行動を変化させる

以前「チョッと違う考え方」というブログで書いた記事。7つ目。自分の行動を変化させるには、自分の中から湧いてくる「突き動かし」を作り出すのがいい。これには、物事と自分との「接近度」を上げるに限る。自分を当事者化する、ということ。 1.人間の行動が変わる時 人間の行動が変わるのを観察してみると、外からの絶対的強制によって強いられる場合を除いて、自分の内から突き動かされて、変わるよう仕向けられていることが...

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あなたの目の焦点が合っている時に、起こっていること

以前「チョッと違う考え方」というブログで書いた記事。6つ目。あなたは、自分の目に起こっていることを、自分の目で、改めて確かめたことがあるだろうか? それは、物事に「焦点を当てる」際、焦点を当てることの意味を再確認させてくれる。1.静寂が促進する思考のランダム化先週、何度目かの手術を受けた。(注:2005年のこと)それにしても、都会の中にあって、驚くほど静かな病室だった。一日のかなりの部分が、静寂につつ...

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「牡丹と薔薇」で作用した動機付けの原理と、その応用

「チョッと違う考え方」というブログで書いていたこと。5つ目。2005年に書いたことなので、馴染みがないかもしれないが、言いたいことは、かなりの程度普遍的(と思う)。すこし古いが、「牡丹と薔薇」をあれほど激しくした動機付けの原理の話。「牡丹と薔薇」の原理は、個人の活動でも企業経営でも間違いなく効果的。1.「牡丹と薔薇」とは?「牡丹と薔薇」という、2004年の初めに一世を風靡した(?)、テレビドラマを覚えている...

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自分が「真に」好きなこととは、どんなことだろう?

「チョッと違う考え方」というブログで書いていたこと。4つ目。自分の「究極の意志」が分かれば、こんないいことはない。一体自分は何が好きなのかを自問自答していた時、自分が「真に」好きなことがどのようなものかについて、一つの考え(仮説)が浮かんだ。1.「生きる」ということの意味(注:「目的」ではなく「意味」。私は、生きることの目的は問わなくていいと思っているし、実際、問わない。)「生きる」ということの大...

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ハサミの切れ味を感じるとき、何を思う?

「チョッと違う考え方」というブログで書いていたこと。三つ目。ハサミがもたらす感覚と、そこに横たわる普遍原理の発見、それの実社会への応用可能性の話1.その時に限って、ハサミの切れ味を感じたある日、新聞の切り抜きをしていた時のこと、 ハサミで切る時の感覚がいつもと、ちょっと違う。 このときのハサミ、いつも使っているハサミではない。切った瞬間、切るときの振動が手に伝わってくる。 「ジョリ、ジョリ、ジョリ」...

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「自分は弱い」と思うことは正しいか?

「チョッと違う考え方」というブログで書いていたことの二つ目。人は、しばしば、自分は「弱い人間だ」と判断を下し、その判断にとらわれ、自分を更に苦しめる。尺度もなく「弱い」「強い」と判断を下すことは、実は錯覚にすぎないのだけれど。 1.「弱い」「強い」など、無いと同じ 人は、自分は「弱い」、だからダメなんだ、あの人のように「強く」ならないといけない、などと考えたりする。 私は、「弱い」「強い」という考え...

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そんなに意識しなくてもいいのに、と思うこと

「チョッと違う考え方」というブログで書いていたことを、アップしていこうと思う。今日は一つ目。恐らく、人間は、「自分らしい・らしくない」「自信がある・ない」「強い・弱い」「幸せ・不幸せ」といったことを考え過ぎ、口に出し過ぎだと思う。「形容詞」「形容する言葉」を使う際は、もう少し定義のことも考えたい。 (1)「自分らしい」「自分らしくない」 自分のどんなところが「自分らしい」のか、私にはよく分からないし...

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メール1文処理

仕事上の受信メールに対して、1文のみのメールを返信して物事を処理してみよう、と考えるのも有益かもしれない。この「1文処理作戦」、場合により、1文をひねり出すには、相当頭を使う必要が出てくるだろう。せっかく日本には、松尾芭蕉のようなすばらしい「1文芸術家」が生まれ育ったことでもあるし、とふと思った。人間、制約条件がきついと、頭を一生懸命使うようになるものである。...

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意見を持つ≒考えない人間?

今日本屋である本を立ち読みしていたら、ちょっと面白いくだりがあった。「"考えない"人間は、じつは、"意見"を持ってしまう」日本人の皆さん、色んなことについて、予断持たずに自分の頭でもっと考えましょうよ、という趣旨を、多少刺激的に伝えようと考えたのだろうが、結構含蓄がある一言だと思った。例えば、社会的な課題の場合、多面的、客観的、公平な思考をしてみると実際、確信の持てる結論にはなかなか達しないのが殆どだ...

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プロフィール

中学留学

Author:中学留学
日本の保育園と公立小に通った少年Ryuが首都圏中学受験をトライするも、今ひとつ受験勉強に身が入らず、中学からアメリカB州のA校に留学。父(私)から見た中学留学観察の記録と、私の頭に想起した諸々の考え

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