記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続きを読む

補色と浮き出し

ゴッホの「オーヴェールの教会」が4月5日(土)放送の「美の巨人たち」の「今日の一枚」だった。キャンバスの上下で補色を用い(青と黄)、その間に教会を配置することにより浮き出しの効果を出しているという。この教会の色はくすんだ緑で、色相環上では、青と黄の中間辺りに位置する。何がどう作用することによって視覚的に「浮き出し」の効果が出るのだろうか??...

続きを読む

単純な形で複雑性を表す

今日の「美の巨人たち」という番組で、東山魁夷の「秋翳」(1958年)という作品が取り上げられていた。「単純な形の中に複雑なものを表現したい」との画家の意図があったとのこと。この意図・考え方は、いろいろな分野で、効果的なもの、価値あるものを創り出すための、源泉の一つになるに違いない。...

続きを読む

松本人志監督のR100

松本人志監督の「R100」という映画についての彼のインタビューで、下記のくだりが目にとまった。「前半なんてホラー映画を撮るつもりでやろう、と言っていたくらいです。(画面の)色を薄くしたのも、いつの時代かぼやかしたかったから。現代の世界は怖くないでしょ。何となく設定を昭和のいつかにすることで怖さが出て、コメディー色がだいぶなくなるのかなと思ったんです」出典:松本監督インタビュー画面の色を変えることで、同...

続きを読む

「模倣」と「創造」

書家の柿沼康二氏の言葉に納得。「臨書」は、ややもすると没個性的と履き違えられがちであるが、人の顔が皆違うように古筆の書き手と同じものは何一つなく、造形上も精神的にも完全にシンクロすることは永遠にない。その違いを時をかけて見出し、否定してもしきれないものが己の個性の芽生えとなる。即ち模倣と創造は表裏一体。臨書とは創作であり、模倣とは創造の「ふるさと」。(注:「臨書」は古典の書を書写すること)(出典:...

続きを読む

私は、見るために目を閉じる

ポール・ゴーギャンの言葉"I shut my eyes in order to see."...

続きを読む

日比谷公園での発見

日本の庭園の美しさは、光景が重層的であることに起因するところが大きいのだろう、と思った。今日、オフィスで少しやりたいことがあり、日曜日であったが家を出た。いつもは、有楽町・日比谷での乗換時、素通りしている日比谷公園を、休日ということもあり、歩いてみた。特に事前に調べることなく歩いたのだが、下記のウェブにある、「雲形池」が素晴らしかった。「日比谷公園の見どころ」このウェブにあるように、イチョウ、モミ...

続きを読む

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を見てきた。(@東京都美術館)数年前までの4-5年、美術・絵画の本ばかり買っていた時があり、もちろん、フェルメールのこの絵もカラーの写真ではよくみていた。しかし、今日実物を観て、画家が本質的にどうしても表現したかったことと思わざるを得ないことに、初めて気がついた。写真で観ていた時は、全然気がつかなかった。レンブラントの絵もいくつかあり、これも、思うところがあった(...

続きを読む

後楽園とは?

大学入学以来、東京には?十年居るが、今日初めて小石川後楽園に行ってみた。最近かみさんと時々、都内の「公園訪問」に行っていてその一環?として訪れた。造られてから380年が経過しているという。年のせいもあると思うが、日本の庭というのは何と美しいのかと思う。いちいち感心する。時の権力者が美しいと感ずるものを造り、数百年後に生きる今日の人間も美しいと感ずる。もちろん、何百年と経った現在まで残されていること自...

続きを読む

プロフィール

Author:中学留学
日本の保育園と公立小に通った少年Ryuが首都圏中学受験をトライするも、今ひとつ受験勉強に身が入らず、中学からアメリカB州のA校に留学。父(私)から見た中学留学観察の記録と、私の頭に想起した諸々の考え

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。