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あなたの目の焦点が合っている時に、起こっていること

以前「チョッと違う考え方」というブログで書いた記事。6つ目。

あなたは、自分の目に起こっていることを、自分の目で、改めて確かめたことがあるだろうか? それは、物事に「焦点を当てる」際、焦点を当てることの意味を再確認させてくれる。

1.静寂が促進する思考のランダム化

先週、何度目かの手術を受けた。(注:2005年のこと)
それにしても、都会の中にあって、驚くほど静かな病室だった。

一日のかなりの部分が、静寂につつまれる。
これは、今の都会では、滅多にないことかもしれない。

静寂は、頭の中に現れる考えが、あっちこっちに飛ぶのを、助けてくれるようだ。
病室のベッドで、ある美術の本を読んでいるときに、何故か、新幹線に乗ったときに考えたことを、ふと思い出した。

2.目の見え方自体が不思議に思えた

新幹線に乗っていたときのこと。
シートをうしろに倒して、横になるように体勢を低くして、前方を眺めていた。

すぐ前の席のシート(+乗客の頭)越しに、通路を行き来する人や、ドアの上方に設置されているテロップを流す電光掲示板なんかが見える。かなり前方の乗客の頭も、手前にある座席の間から見え隠れする。

言ってみれば、ごくあたり前の視界だ。

でも、突然、疑問が湧いた。
それは、だいぶ先の方の小さいものを、すぐ前のシート越しに見ていたとき。

何故、自分のすぐ前にある座席のように、視界の中に占める割合が大きいものが存在しているにもかかわらず、先の方の小さいものを、はっきり見ることができるのだろうか?

じっと見ていれば、目の前に存在しているものが大きなものであっても、あまり邪魔にならない。これは、普段は殆ど意識しないことだが、その時は、何故か、不思議に思えた。

3.焦点が合っているという意味

これは、紛れも無く、自分に付いている二つの目の焦点が、自分が見ている先のほうの小さいものに、合っているということ。

言いかえれば、それ以外のものには、焦点が合っていないということ。
自分のすぐ前のシートも含めて。

それでは、焦点が合っていないというのは、一体どういうことだろうか?

上と同じように、先の方の小さいものに焦点を合わせながら、意識を少し、自分のすぐ前のシートに持っていってみる。

見えるものは、二重にぼやけたシートだ。焦点があっていないのだから、あたり前だが、とにかく二重になっていて、はっきり見ることができない。
(二重になっているのは、もちろん、目が二つあるから。)

このとき、生まれて初めて次のことに気が付いた。
(というか、生まれて初めて、まじまじと認識した。)

ある物に目の焦点が合っているとき、それ以外のものは、視界の中央に位置していても、基本的に「殆ど全て」、目(というか脳)には「二重に映っている」、ということ。
(注:視界中央に存在する物同士の場合、目からの距離が、対象物とそれ以外で違う場合に、これが言える。)

つまり、視界中央に見えている、対象物以外のものが殆ど全て、二重になっていて、はっきり見えないようになっている。
だからこそ、対象物がはっきり見える、ということ。

片目をつぶって同じものを見ると、焦点が合っていることの意味がよく分かる。
あたり前だが、片目だと(一つの目だと)、全てのものが、一重に見える。(乱視の場合を除く)
焦点が合うという概念は、そこにはない。

4.「焦点を当てる」ということ

ある特定のものごとに「焦点を当てる」ということは、よくあることだが(つまり、焦点を、対象物に合わせる・当てること)、そうしたいとき、上記のことを時々思い出すと、焦点を当てることの意味がはっきりして、いいかもしれない。

例えば、自分が、あるものごとに焦点を当てたつもりになっている時、

○ 対象物が、くっきりしているか、「二重にぼやけて」いないかどうか
○ 対象物以外に、視野に入ってくることは、即座には切り捨てない
○ 対象物以外のものに対して、対象物の地位を脅かすほどの「くっきり度」が与えられていないかどうか、「一重」と「二重」ほどの区別が、対象物とそれ以外のものとの間につけられているかどうか

といったことを、考えてみるということ。

このようなコントラストを、どのようにつけるかは、扱う課題や分野によって違うだろうが、何かに焦点を当てたい時に、目(脳)に映る「一重」と「二重」のコントラストを、意識してみるのもいいと思う。

自分で、実際に、目の働きを確かめたりしながら。

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中学留学

Author:中学留学
日本の保育園と公立小に通った少年Ryuが首都圏中学受験をトライするも、今ひとつ受験勉強に身が入らず、中学からアメリカB州のA校に留学。父(私)から見た中学留学観察の記録と、私の頭に想起した諸々の考え

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